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GISの汎用/応用基盤を研究する東大空間情報科学研究センター
有川研究室
(第1回)


(第1回)
まえがき
1.東京大学空間情報科学研究センター
2.有川研究室
 2-1研究のスコープ
 2-2有川正俊助教授の紹介
 2-3研究室の様子
3.S-IT(空間IT、Spatial Information Technology)
 3-1 GISからS-ITへ
 3-2 S-ITの3つの基軸
(第2回)
4.トピックス&研究紹介 
 4-1 WEB空間(サイバー空間)における課題 
 4-2 デジタルアースと空間アクセスメタファ 
 4-3 VRML とサイバー空間サーバ 
 4-4 研究紹介:高精度な3次元位置・方向情報をキーに用いた空間コンテンツ融合
5.おわりに


まえがき
 このコーナーでは毎回、建設あるいは情報分野に関係する大学研究室等におけるIT研究、活用の現状を紹介している。今回はGISというよりS-IT(空間IT、詳細は後述)をテーマに研究活動を行っておられる「東京大学空間情報科学研究センター」の有川正俊助教授を訪問、取材した。
 同助教授は、日本のGIS界において研究/教育分野はもちろん、学会/官界での委員会など精力的に活動されている。特に従来型GISの概念を発展させ、基盤としての位置情報の利用、マルチメディアコンテンツで表現される仮想空間(サイバースペース)と現実空間(リアルワールド)との連携など次世代をめざした独自の研究領域に取り組まれている。
 

1.東京大学空間情報科学研究センター
 東京大学については、特にご紹介するまでもないので割愛し、空間情報科学研究センター(1998年4月設立、以下CSISと略称)について簡単に紹介しよう。学内でのCSISの位置づけは、東京大学の学内共同利用施設となっている。学内共同利用施設とは、東京大学内のさまざまな学部や研究機関に所属する研究者が、それぞれの研究のために利用できる施設である。つまり、CSISでは特定の専門領域にとどまらず、横断的な研究が行われている。これまで同センターでは、学内のさまざまな研究者とも研究を行ってきたが、より広く他大学や民間企業の研究者、国の機関等との共同研究についても積極的に取り組んでいる。
 CSISの名称は、いわゆるGIS(地理情報システムもしくは地理情報科学(Science))ではなく「空間情報科学(SIS、Spatial Information Science)」に由来している。そして、空間情報科学とはどういうものか次のように説明されている。
 この世で起きる現象や社会問題には、空間的な要因と密接に結び付いたものが 数多くある。これらの現象や問題を解明あるいは解決しようとすると、どの場合においても必要となる基礎的な方法がある。その汎用的な方法と応用方法を研究するのが「空間情報科学」である。すなわち、空間情報科学とは、空間的な位置や領域を明示した自然・社会・ 経済・文化的な属性データ(=「空間データ」)を、系統的に構築→管理→ 分析→総合→伝達する汎用的な方法と、その汎用的な方法を諸学問に応用する方法を研究する学問である。
 従来型GISの立場は、どちらかといえば各専門領域におけるGISという意識が先行してきた。それは、米国でGISが誕生発展した系譜でも示されているように、いわば縦割りの個別GISから出発している。CSISが標榜する「空間情報科学」は、分野毎に発展してきたGISを統合整理し、汎用的な一つの学問領域を形成することで次世代に向けた発展を目指すものである。
 さて、CSISがその活動目的として挙げているのは以下の3点である。
  空間情報科学の創生、深化、普及
      研究用空間データ基盤の整備
      産官学共同研究の推進

 また研究部門は以下の3部門に分かれている。
  空間情報解析
      空間情報システム
      時空間社会経済システム

 その他同センターの詳細については関連サイトを参照されたい。なお、05年3月に空間情報科学研究センターは、千葉県柏市への移転が決まっている。現在は、本郷キャンパスと駒場キャンパスとに分散されているが、移転により統合されることとなる。

2.有川研究室
    有川研究室は、CSISの空間情報システム研究部門に所属しており、実世界の地理空間に対応する「デジタル地理空間」を構築・更新するシステムと、デジタル地理空間の情報を表示・伝達するシステムの開発研究を中心に活動している。 

2-1 研究のスコープ
 同研究室では、多種多様なマルチメディア情報を「地球上の位置」という空間キーを用いて統合管理する空間情報基盤の研究が進められている。それらマルチメディア情報に含まれるコンテンツを空間情報という観点から分類し、さらにそれらをどのように扱おうとしているのかを示したのが下図である。

図2-1 空間情報コンテンツの種類

 図中の茶色で囲んだ部分が、メインとなる研究のスコープである。図の右側に、一般に流通しているデータ・ドキュメントの内、地球上の位置が含まれているものを3つに区分して示されている。「空間データ」は元々構造化された記述による地図データであるから、GIS上で扱える。一方「空間文書」「画像・動画」などには、場所の記述とか撮影場所など地球上の位置が間接的、直接的に含まれているにも関わらず、従来の方法では空間情報として扱うことができていない。
 そこで、一般人に身近な存在であるこれら「空間文書」「画像・動画」を対象として、いかにして身近な空間情報として扱えるようにするか、従来の紙の地図の延長に縛られない、新しい視覚コミュニケーション形態の探究がこの研究室での研究スコープとなっている。
 現在の主要な研究テーマは以下のとおり。

【高精度な空間情報付き写真の実3次元空間マッピング】
 デジタルカメラやGPS の発展と普及により、今後、位置や方向などの高精度な空間メタデータを持つ写真がWeb 上で大量に流通すると考えられる。このような写真を「空間情報付き写真」と呼び、空間データとして組織化する枠組みと、空間的な検索インタフェースの研究を行っている。この研究については、別途研究紹介として後述する。

【ジオコーディングを用いた多様な文書資源の空間情報化】
 ジオコーディング(Geocoding)とは、ある情報にそれに関係付けられる現実世界の位置情報を付与する技術である。たとえば、文書データの中から住所、地名、電話番号を抽出し、それらに対応する緯度経度をその文書に付与する処理である。ジオコーディングの技術を発展させ、さまざまな文書データに対してそのコンテンツに関連する現実世界の位置情報を付与し、空間的なアクセスを可能とし、文書情報の活用の幅を拡大させる枠組みの研究を行っている。
 下図は、空間情報化の対象となる文書データに含まれる位置情報は、構造化の観点から3種類、参照の観点から2種類、組み合わせると計6種類、に区分されるとしている。

図2-2 空間文書における空間参照構造化の分類

 ここでは「構造化」のレベルを3つに区分している。非構造化データというのは、ごく普通の言葉(自然言語)で記述された文書(ファイル)のようなもので、文章の流れの中で間接空間参照となる住所、あるいは直接空間参照となる座標値が含まれているものである。半構造化データは、HTMLあるいはXML(eXtensible Markup Language)のように“タグ”を用いて文章が構造化されているもの。そして構造化データは、文章ではなくRDBにおけるテーブルのように、レコードとフィールドが定義され、フィールドに空間参照情報が含まれているものである。図中の緑色部分は、GIS利用を前提として作成されたデータ、例えば国土数値情報、数値地図その他が該当する。

2-2 有川正俊助教授の紹介
 取材インタビュー、提供頂いた資料をもとに有川助教授の研究スタイル、抱負等を紹介しよう。

【研究スタイル】
 ソフトウェア開発は、自然科学における実験の一種と考えられ、開発や運用過程を通じて理論の中にある誤りや飛躍が発見できる。そこで、「モノ」としてのソフトウェアを作りながら理論を吟味/検証し、理論の拡張/再構築を図る。そして、さらに新しいモノ(ソフトウェア)を生み出す。というように、モノ作りと理論作りとの間でスパイラルを継続しながら研究を発展させるスタイルを基本としている。
 研究を進める上でのモットーとして以下の4つを挙げられた。
1   Computer science is experimental science.
    2   Programming is a proof.
    3   The best way to predict the future is to create it.
    4   The devil in the detail.

 1〜3は直訳どおりでほぼ意味は理解される。4番目については、注釈を加える。問題は、“The devil”である。普段、こういう表現はそう目にすることはないであろう。有川助教授の言によれば、(普通は見逃すかもしれない)小さな事些細な事の中に大きな発見/問題が潜んでいる、という意味だそうだ。これは、研究のモットーというよりは、優れた研究者を育成する上での課題だとのこと。普段何気なく見過ごしていること、当たり前だと思ってしまっていることに疑問を感じることがまず第一歩なのである。

【研究への抱負】
 時計の普及により、われわれは「時間」情報を手に入れることができた。一方、GPSなどの位置情報センサーの普及により、「空間」情報あるいは「位置」情報は近い将来誰でも手に入れられるようになる。今日の社会活動は、時間を基準に回っていると言ってよい。従来は高価であった位置情報が安定して安価で提供されるようになると、「空間」を基準にしたさまざまな管理方法が社会の根幹に加わり、社会のシステムを変革させるだろう。このような観点から、現実空間の環境とインターネットに代表されるサイバー空間の融合の健全な枠組みに関して研究を進めてゆきたい。

       

有川 正俊 東京大学空間情報科学研究センター助教授

略 歴
   
1988年   九州大学大学院 情報工学専攻修士課程修了
1992年   九州大学博士(工学)
1993年   京都大学工学部情報工学科助手
1994年   広島市立大学情報科学部助教授
1996年   カリフォルニア大学サンタバーバラ校
国立地理情報解析センター客員研究員
1999年   東京大学空間情報科学研究センター助教授

 現在、地理情報システム学会空間IT研究会主査、G-XMLプロトコル拡張検討小委員会委員長。専門は情報工学、空間情報科学。共著『画像と空間の情報処理』、『情報の表現』。
 
写真2-1 有川 正俊
東京大学空間情報科学研究センター助教授

2-3 研究室の様子
 有川研究室は、いわゆる大学院大学という位置づけがあり、正式には東京大学大学院/新領域創成研究科/環境学専攻/社会文化環境学大講座となっている。研究室には大学院生3名が所属している。取材当日は博士課程1年生の藤田秀之氏に志望の動機、研究への抱負などをお聞きした。

       
藤田 秀之氏
 
写真2-2
抱負を語る藤田 秀之氏
 建築学科出身の同氏は、この研究室を志望した動機として、人間とのインタフェースという領域で人間のスケールを基準とした研究を行い、いろいろなかたちで具体的な提案を行いたい、と語る。また、世界と人間とのインタフェースという観点でみれば、建築学と空間情報科学は同じなので、あまりギャップは感じなかったとのこと。プログラミングには苦労したが、論理の組み立てを洗練させる過程あるいは自然科学における1種の実験である、という有川先生の考え方に納得していることもあり、プログラミング自体興味を持ってやっている。組み立てた論理がプログラムとなり,実際に動作するシステムとなり、たとえばWEBを通して実際に社会とかかわることができるという研究環境に魅力を感じている、と語ってくれた。

3.S-IT(空間IT、Spatial Information Technology)

 従来型のGISだけでなく、図2-1で示した様々な空間情報コンテンツを包括的に扱う情報技術(IT、Information Technology)をS-ITと称している。有川助教授の研究コンセプトである「GISからS-ITへ」、そしてS-ITがめざす情報化社会、研究の展望等を要約して紹介する。


  3-1 GISからS-ITへ
   空間IT(S-IT)とは、 IT(情報技術)のコアとなる空間情報に関する技術である。従来のGISは、専門家向けのツールとして発展・普及しており、一般市民を対象とはしていなかった。これは、空間データを作成するのに多大なコストが掛かることが大きな理由となっていた。一方、ITは、もともとは専門家向けの技術から始まり、現在では一般市民向けの技術へと進化した。この結果、ITはわれわれの生活習慣を変え、さらに従来のコンピュータ技術の在り方さえ変えてしまった。同様に、GISも専門家向けのシステムから、より広い範囲をカバーするという意味で、一般市民向けへと進化しているのが現状である。
 次世代GISにおける最も重要な一般市民向け適用分野として「ヒューマンナビ」がある。ヒューマンナビでは、大縮尺の地理情報が小縮尺の地理情報よりも重要である。「地理」という用語自体が一般に小縮尺や専門家向けに使われてきた。一方、「空間」という用語は、人間の活動のための空間である現実世界を設計する建築家に好まれて使われてきた。ヒューマンナビやITの観点からは、「地理」という概念よりも「空間」の方が、次世代GISの予想される利用形態をより良く反映している。そこで、GISの従来技術から発展した一般市民向けの技術を「空間IT」(S-IT:Spatial IT)と呼ぶようになった。
 S-ITは、ITのコア技術の1つになると予想され、S-ITはGISの分野だけではなく、ITがそうであるように、あらゆる応用分野を発展させるだろう。

  3-2 S-ITの3つの基軸
   S-ITは、以下の3つの基軸を中心にその範疇を考えると、その意義をとらえやすい。それぞれを簡単に説明すると、(1)従来のGISのITを一般化・高度化させる軸、(2)位置情報サービスによる社会形成の軸、(3)人間中心のGISを実現する空間認知のデジタル技術の軸、と言える。

図3-1 S-ITの3つの基軸 (LBS:Location Based Service)

  (1)GIS設計理論と実証
   政府や企業における空間データの厳格な利用および交換の実現と高度化を考えた場合、一貫性のある空間情報の体系化が不可欠である。このように、GIS相互間において、無矛盾な形態で多様な空間情報の交換の実現をめざして、地物モデルという理想的参照モデルを基本に各種地理情報の標準が国内および国際レベルで整備されつつある。
 例)時空間モデル論、クリアリングハウス、伝統的GIS、空間データの品質管理、3次元GIS、空間データマイニング

  (2)位置情報サービス社会への発展
   従来のGISが一般に目的志向の閉じたシステムであるに対して、インターネットに代表される開放的な情報流通の枠組みがGISを一般市民向けに発展させると考えられる。IT分野においては、モバイルコンピューティング環境の充実に伴い、コンピュータは現在の機能からさらに発展して、利用する場所に制限されることなく人々の活動を支援するツールへと発展しつつある。
 一般市民が日常的に「空間」情報あるいは「位置」情報を手に入れることになると、様々な「空間」を基準にした管理システムが社会の根幹に加わり、社会のシステムを変革するだろう。LBS(Location Based Service)の出現により、一般市民が普通に空間データを生成し、大量の空間データがさまざまなマルチメディア情報と共に流通するようになる。
 インターネットの出現により、地理的な位置に依存せずに全世界的にネットワークを介して誰でも自由に情報を交換できるようになった。しかし、このネットワーク情報空間、つまりサイバー空間が現実空間の位置とうまくリンクしていないことが問題であり、サイバー空間の本来の可能性を小さくしている。
 今後、このサイバー空間と現実空間の位置とをスムーズに、かつ自由にリンクさせるサービスを実現することにより、現実空間でのわれわれの活動とインターネットに展開された情報空間とを自然に結び付けて、人間の日常生活を多角的に豊かにさせることができるだろう。

  (3)デジタル認知空間(Digital Cognitive Space)
   われわれは何かを理解するときに空間メタファを用いる。つまり、われわれは頭の中に図や地図を描いて、自分や何らかの対象がどこにいるのか、どのような状況にあるのか、今後どのように動けば良いのかなどを把握し、理解し、判断している。一方、測量技術の確立により客観的な空間データを構築でき、多くの人々が確実に空間データを共有できる枠組みが実現した。しかし、測量により作製されたメトリック地図(基準に準拠した正確な地図)を元にして作られた地図を利用者インタフェースとしてそのまま利用することが良いかどうかが疑問視され始めている。
 その現れとして、空間認知を考慮してデフォルメされた略地図による案内、あるいは非地図インタフェースである文章や音声による案内、というような商用サービスがヒューマンナビにおいて出現してきた。またバーチャルリアリティ(VR: Virtual Reality)の分野では、拡張現実感(AR: Augmented Reality)と呼ばれる、空間を直接的に利用したインタフェースがある。ARは、現実世界の映像に対して、人工的に生成されたグラフィックス、たとえば、注釈等を3次元的に合成させて表示するシステムである。これにより、実世界を拡張した形のインタフェースを利用者に提供することができる。
 このようにS-ITでは、人間固有にパーソナライズされたデジタル認知空間により情報伝達の効率を上げることが、今後ますます重要視されると考えられる。そのためには、ヒトの空間認知問題の解明、およびそのデジタルモデル化/応用といった研究を進めなければならない。

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